はじめに:なぜ今、ポートフォリオの見直しが急務なのか?
AIバブルの熱狂が市場を席巻し、ハイテク株の勢いが止まりません。S&P500などの主要インデックスも、これら巨大ハイテク企業に牽引され、過去最高値を更新し続けています。しかし、多くの投資家が心のどこかで感じているのではないでしょうか。「この勢いはいつまで続くのか?」「大きな調整はいつ来るのか?」と。S&P500に投資しているから安心、というわけにはいきません。なぜなら、その構成銘柄は米国ハイテク株に大きく偏っており、集中投資のリスクを内包しているからです。そこで今回、私は景気減速局面に備えるための、より堅牢な金融資産ポートフォリオを構築すべく、徹底的な調査を行いました。調査の結果、見えてきたのは「世界公益株」「新興国高配当株」、そして「金」という3つの重要な資産クラスです。この記事は、単なる要約ではありません。調査過程で得られたすべての情報、数値、そして当初の誤解から修正に至ったプロセスまでを完全に共有し、読者の皆様が具体的なアクションに移せるレベルの情報を提供することを目的としています。
第1部:現在の市場環境 – データが示す「変化の兆候」
ポートフォリオ戦略を語る前に、まずは我々が直面している市場環境を正確に把握する必要があります。データは、表面的な株価上昇の裏で、市場の内部構造が変化し始めていることを示唆しています。
1-1. 為替が隠す株式市場の実態:円ベース vs ドルベース
直近1ヶ月のパフォーマンスを見ると、円ベースでは日本株が+1.5%と最も好調でした。しかし、これは主に円安(ドル円で+3.1%)による影響が大きく、ドルベースで見ると主要な株式市場は軒並みマイナスです。つまり、為替のフィルターを外すと、市場全体が軟調であったことがわかります。この事実は、円建て資産を持つ私たち日本人投資家にとって重要な視点です。
1-2. 業種別パフォーマンスに見るディフェンシブへのシフト
市場内部では、明らかな資金シフトが起きています。この1ヶ月で下落したのは、景気に敏感な「情報技術」や「一般消費サービス」セクターでした。一方で、ヘルスケアなどの「ディフェンシブセクター」は堅調に推移しています。特に注目すべきは、これまであまり話題に上がらなかった「バイオテック株」が、この1ヶ月で+7.3%(米ドルベース)という驚異的な上昇を見せている点です。市場がリスクオフ(守りの姿勢)に傾き始めている証拠と言えるでしょう。
1-3. 高止まりするインフレと長期金利の上昇圧力
物価動向を見ると、米国と日本は依然として3%前後の高いインフレ率で高止まりしています。これを受け、債券市場では長期金利への上昇圧力が強まっています。特に30年国債利回りは、ドイツや日本で上昇トレンドが鮮明になっており、これは将来の金融環境が引き締まる可能性を示唆しています。金利が下がれば株価が上がるという単純なシナリオは、もはや通用しないかもしれません。
1-4. バリュエーション分析:米国株は「割高」水準へ
現在の米国株のバリュエーション(PER:株価収益率)は、歴史的に見ても非常に高い水準にあります。S&P500の実績ベースPERは28倍に達し、これは過去の平均値を大きく上回る「割高」な領域です。過去のデータでは、この水準を超えた後に市場が調整局面に入るケースが多く見られました。一方で、プライベートエクイティ関連企業(ブラックストーン、KKRなど)の株価はS&P500とは対照的に大きく下落しており、実体経済の減速懸念を織り込み始めている可能性があります。この乖離は、市場の大きな転換点を示唆する危険なサインかもしれません。
第2部:景気減速に備える3つの重要資産クラス
このような市場環境を踏まえ、ポートフォリオに組み込むべき3つの資産クラスを詳細に解説します。
2-1. 新興国高配当株:相対的な割安さと新たな成長ドライバー
新興国高配当株は、バリュエーションの安さから注目され、過去1年で高いパフォーマンスを記録しました。PERは平均的な水準まで上昇しましたが、依然として割高な米国株と比較すると、相対的な魅力は失われていません。重要なのは、そのパフォーマンスが商品価格と強い連動性を持つことです。かつて新興国経済は商品価格に大きく依存していましたが、近年は経済構造が変化し、商品価格が横ばいでも株価が上昇する強さを見せています。インフレ懸念が残る中で、商品価格が底堅く推移する可能性は、新興国株にとって追い風となります。
2-2. 世界公益株:AIブームの恩恵を受ける「守りの資産」
今回の調査で最も大きな発見があったのが「世界公益株」です。従来、公益株は成長性が低いディフェンシブ銘柄と見なされてきました。しかし、その役割は今、劇的に変化しています。その最大の要因が「AI革命」です。
- AIデータセンターの電力需要が爆発的に増加:ChatGPTの1リクエストあたりの電力消費量は、Google検索の10倍に達します。AIへの投資が加速する中、電力供給が追いつかなくなる懸念すら浮上しています。
- 過去20年とは全く異なる需要増:2000年から2020年までの20年間で、米国の電力需要はわずか9%しか増加しませんでした。しかし、AIの普及により、今後20年は全く異なる成長曲線を描くと予測されています。
- インフレに強い価格転嫁能力:調査対象のファンドによれば、保有する公益企業の約90%(69% + 20%)がコスト上昇分を価格に転嫁できるビジネスモデルを持っています。これはインフレ環境下で非常に強力な特性です。
これら要因に加え、公益株が持つ本来のディフェンシブ特性も健在です。
| 特性 | 詳細説明 |
|---|---|
| 利益の安定性 | 景気変動の影響を受けにくく、利益が安定。景気減速時の株価下落リスクを抑制。 |
| 他セクターとの低相関 | ハイテク株など他のセクターと値動きが異なるため、ポートフォリオの分散効果が高い。 |
| 高い配当利回り | 安定した収益を背景に、高い配当利回りを提供。インカムゲインが期待できる。 |
| 極めて低いデフォルト率 | 1981年以降のデフォルト率はわずか0.4%。事業の安定性が極めて高い。 |
| リスク・リターン特性 | リスク(価格変動)は株式と債券の中間に位置し、バランスの取れた資産と言える。 |
🔴 ポイント:AI関連のハイテク株に直接投資するのではなく、そのインフラを支える公益株に投資することで、AIブームの恩恵を享受しつつ、リスクを抑えるという賢明な戦略が可能になります。
2-3. 金(ゴールド):不確実性の時代における究極の安全資産
金は、短期的な調整(直近1ヶ月で-1.5%)を経たものの、長期的な上昇トレンドは全く崩れていません。テクニカル分析からも、その強さが確認できます。
- サポートレベルの確認:ドルベースで4,000ドル近辺では強い買いが入っており、下値が支えられています。
- 世界株に対する優位性:金の対世界株パフォーマンスは、長期的な下落トレンドから反転し、上昇に転じる兆しを見せています。
- テクニカル指標の強さ:週足・月足ベースのMACD(移動平均収束拡散手法)は依然として上向きであり、強いモメンタムが継続していることを示しています。
- 金利低下局面での強み:歴史的に、金利が低下する局面では金の価格は上昇する傾向があります。
- 地政学リスクへの備え:世界情勢が不安定化する中で、安全資産としての金の価値はますます高まっています。
短期的な価格変動に惑わされず、ポートフォリオの保険として一定割合を保有し続けることが重要です。
第3部:具体的なポートフォリオ戦略と経済局面別パフォーマンス
3-1. 調査過程での修正点と最終的な推奨ポートフォリオ
以下のピクテ・ジャパンの動画を参考に、ポートフォリオを考えます。
【株式が将来調整する可能性に備えて】金の強さと市場動向/債券利回りとインフレ懸念/AI電力需要拡大で守りの資産となる公益株<萩野琢英>|Pictet Theatre LIVE 2025.11.27
【最終推奨】全体ポートフォリオ構成
| 資産クラス | 推奨配分比率 | 役割 |
|---|---|---|
| コア・ポートフォリオ | 40% | 資産の中核。不動産などを含む。 |
| 金(ゴールド) | 30% | インフレヘッジと安全資産。 |
| 株式等 | 20% | 成長を狙うサテライト部分。 |
| 現金 | 10% | 流動性の確保と下落時の買い付け余力。 |
【最重要】コア・ポートフォリオ内の株式配分(変更後)
今回の戦略の核となるのが、コア・ポートフォリオ内の株式配分の見直しです。景気減速への備えとして、よりディフェンシブな構成に変更します。
| 株式クラス | 推奨配分比率 | 戦略的意図 |
|---|---|---|
| 世界公益株式 | 50% | ディフェンシブ性を強化し、AIによる新たな成長を取り込む。 |
| 新興国高配当株式 | 30% | 相対的な割安さに着目し、インカムを確保する。 |
| 世界株式 | 20% | 全体の成長性を維持しつつ、米国ハイテク株への過度な集中を避ける。 |
3-2. 経済局面別パフォーマンス:データが示す最適解
なぜこのポートフォリオが有効なのか。その答えは、過去のデータにあります。1973年から2025年までのデータに基づくと、経済の局面ごとに最もパフォーマンスが良い資産は異なります。
| 経済局面 | 1位 | 2位 | 3位 | 4位 |
|---|---|---|---|---|
| インフレなし・景気拡大 | 米国株 (18.7%) | 米国公益株 (14.0%) | 米国投資適格債 (8.2%) | 金 (3.8%) |
| インフレあり・景気拡大 | 米国株 (9.4%) | 金 | 米国公益株 | 米国投資適格債 |
| インフレあり・景気減速 | 金 (30.7%) | 米国公益株 (7.6%) | 米国投資適格債 (1.6%) | 米国株 (1.2%) |
| インフレなし・景気減速 | 米国公益株 + 金 | – | – | – |
🔴 ポイント:今後、市場が「インフレあり・景気減速」の局面に移行する可能性を考慮すると、金と公益株のパフォーマンスが突出して優れていることがわかります。今回のポートフォリオ変更は、このデータに基づいた合理的な判断なのです。
第4部:実践編 – 日本で購入可能なETF・投資信託
理論は分かったけれど、具体的にどうやって投資すればいいのか?ご安心ください。日本国内の証券会社で手軽に購入できる、世界公益株と新興国高配当株の代表的なETF・投資信託を調査しました。
4-1. 世界公益株式に投資する商品
| 商品名 | 種別 | 特徴 | 信託報酬(年率) |
|---|---|---|---|
| iシェアーズ グローバル公益事業 ETF (JXI) | ETF | 世界中の公益企業に低コストで分散投資。流動性が高い。 | 0.39% |
| iTrust世界公益株式 | 投資信託 | ピクテ社が運用。ノーロード(購入手数料無料)。為替ヘッジなし。 | 非公開(目論見書確認) |
| ピクテ・グローバル・インカム株式ファンド | 投資信託 | 高配当利回りの公益株に特化。安定したインカムを重視。 | 非公開(目論見書確認) |
4-2. 新興国高配当株式に投資する商品
| 商品名 | 種別 | 特徴 | 信託報酬(年率) |
|---|---|---|---|
| SBIネクスト・フロンティア高配当 | 投資信託 | 業界最低水準のコスト(0.099%)。新興国・オセアニアが対象。 | 0.099% |
| ピクテ新興国インカム株式ファンド | 投資信託 | 過去5年で年率19.9%という高い運用実績。下落局面に強い。 | 非公開(目論見書確認) |
| iシェアーズ・コア MSCI 新興国株 ETF (1658) | ETF | 東証上場。新興国の大型〜小型株まで幅広くカバー。低コスト。 | 0.253% |
| NEXT FUNDS 新興国株式 (2520) | ETF | 野村AMが運用。低コスト(0.209%)で流動性も高い。 | 0.209% |
⚠️ 注意点:投資信託の信託報酬は運用会社や販売会社によって異なる場合があるため、購入前に必ず最新の目論見書で確認してください。
結論:著者の気づきと次のアクション
今回の調査を通じて、私が最も衝撃を受けたのは「AIブームの真の受益者は、ハイテク企業だけでなく、その足元を支える電力会社(公益企業)でもある」という事実でした。これは、従来のディフェンシブ資産というイメージを覆す、構造的な変化です。市場が熱狂している時こそ、一歩引いて、その裏で静かに進行している変化に目を向けることの重要性を改めて痛感しました。まこの記事を読んだ皆様が取るべき次のアクションは明確です。ご自身の現在のポートフォリオを見直し、米国ハイテク株への集中度合いを確認してください。そして、景気減速という避けられないサイクルに備えるため、今回ご紹介した「世界公益株」「新興国高配当株」「金」を、ご自身のリスク許容度に合わせて組み入れることを検討してみてはいかがでしょうか。未来を正確に予測することは誰にもできませんが、未来に備えることは可能です。この記事が、その一助となれば幸いです。