セクション1: RAGシステムとは何か?基礎知識の理解
RAGの基本概念
近年、AI技術の進化は目覚ましく、特に大規模言語モデル(LLM)は私たちの生活やビジネスに大きな変革をもたらしています。しかし、LLMには「学習データにない最新情報や専門知識に対応できない」「誤った情報を生成する(ハルシネーション)」といった課題も存在します。これらの課題を解決するために注目されているのが、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)システムです。
RAGシステムは、LLMが回答を生成する前に、外部の信頼できる情報源から関連情報を検索・取得し、その情報を基に回答を生成する仕組みです。これにより、LLMは最新かつ正確な情報を参照できるようになり、ハルシネーションのリスクを低減し、より高品質で信頼性の高い回答を提供できるようになります。私自身も、この技術がAIの「信頼性」という大きな壁を乗り越える鍵だと感じています。
なぜRAGがこれほど注目されているのでしょうか。それは、企業が持つ膨大な社内ドキュメントやデータベース、最新のニュース記事など、特定のドメインに特化した情報をLLMに活用させたいというニーズが高まっているからです。RAGを導入することで、LLMは単なる汎用的な知識だけでなく、企業の専門知識を「理解」し、顧客サポート、社内ナレッジベース、コンテンツ生成など、多岐にわたる業務でその能力を最大限に発揮できるようになります。
このRAGシステムを構築する上で、n8nとSupabaseの組み合わせは非常に強力です。n8nは、ノーコード・ローコードで様々なサービスを連携できるワークフロー自動化ツールであり、複雑なデータ処理やAPI連携を直感的に構築できます。一方、Supabaseは、PostgreSQLをベースとしたオープンソースのBaaS(Backend as a Service)であり、データベース、認証、ストレージ、リアルタイム機能などを提供します。特に、PostgreSQLの拡張機能であるpgvectorを用いることで、ベクトルデータベースとしてRAGシステムの基盤を容易に構築できる点が大きな魅力です。この二つのツールを組み合わせることで、初心者の方でも効率的かつ柔軟にRAGシステムを構築できるのです。
セクション2: n8nとSupabaseの環境構築と連携準備
n8nのセットアップ方法
n8nを使い始めるには、いくつかの方法があります。クラウド版を利用するか、ご自身の環境にローカル版をインストールするかのどちらかを選択できます。今回は、手軽に始められるクラウド版と、より柔軟なローカル版の両方について解説します。
1. n8nクラウド版(n8n Cloud)の利用
最も手軽な方法は、n8nが提供するクラウドサービスを利用することです。アカウント登録後、すぐにワークフローの作成を開始できます。
- 手順:
- n8n公式サイト(
https://n8n.io/)にアクセスします。 - 「Sign Up」または「Get Started」ボタンをクリックし、アカウントを作成します。
- メールアドレスやGoogleアカウントなどで登録を完了させます。
- 登録後、すぐにn8nのダッシュボードにアクセスできるようになります。
- n8n公式サイト(
クラウド版はセットアップの手間がなく、すぐに開発を始められるため、初心者の方には特におすすめです。基本的な操作画面は、左側にノードパレット、中央にワークフローキャンバス、右側にノード設定パネルが配置されています。直感的なドラッグ&ドロップでノードを配置し、設定を進めることができます。
2. n8nローカル版のインストール
より高度なカスタマイズや、特定の環境での実行が必要な場合は、ローカル版をインストールします。Dockerを利用するのが最も一般的で推奨される方法です。
- Docker Desktopのインストール:
まだDockerをインストールしていない場合は、まずDocker Desktopをインストールしてください。公式サイト(https://www.docker.com/products/docker-desktop/)からダウンロードできます。
- n8nの起動(Docker Composeを使用):
docker-compose.ymlファイルを作成し、以下の内容を記述します。
version: '3.8'
services:
n8n:
image: n8nio/n8n
restart: always
ports:
- "5678:5678"
environment:
- N8N_HOST=${N8N_HOST:-localhost}
- N8N_PORT=5678
- N8N_PROTOCOL=http
- WEBHOOK_URL=http://${N8N_HOST:-localhost}:5678/
- GENERIC_TIMEZONE=Asia/Tokyo
- TZ=Asia/Tokyo
volumes:
- ~/.n8n:/home/node/.n8n
このファイルを保存したディレクトリで、ターミナルを開き以下のコマンドを実行します。
docker-compose up -d
これにより、n8nがバックグラウンドで起動し、http://localhost:5678でアクセスできるようになります。
Supabase連携に必要な設定としては、n8nのワークフロー内でSupabaseのAPIキーやURLを設定することになります。これは後述のSupabaseアカウント作成後に取得し、n8nのCredential(認証情報)として安全に保存・利用します。Credential機能を使うことで、APIキーなどの機密情報をワークフロー内に直接記述することなく、安全に管理できます。
Supabaseのアカウント作成とプロジェクト設定
RAGシステムのベクトルデータベースとして利用するSupabaseの環境を構築しましょう。Supabaseは、PostgreSQLをベースに、認証、ストレージ、リアルタイム機能などを統合した強力なプラットフォームです。
1. Supabaseアカウント登録方法
まずはSupabaseの公式サイトにアクセスし、アカウントを作成します。
- 手順:
- Supabase公式サイト(
https://supabase.com/)にアクセスします。 - 「Start your project」または「Sign Up」ボタンをクリックします。
- GitHubアカウント、Googleアカウント、またはメールアドレスで登録を完了させます。GitHubアカウントでの登録が最もスムーズです。
- 登録後、Supabaseのダッシュボードにリダイレクトされます。
- Supabase公式サイト(
2. プロジェクト作成とデータベース初期設定
アカウント登録が完了したら、新しいプロジェクトを作成します。
- 手順:
- ダッシュボードで「New project」をクリックします。
- プロジェクト名(例:
my-rag-project)、データベースパスワード(強力なパスワードを設定してください)、リージョン(日本から近いリージョンを選択するとパフォーマンスが向上します)を設定します。 - 「Create new project」をクリックすると、プロジェクトのプロビジョニングが開始されます。数分かかる場合があります。
- プロジェクトが作成されたら、ダッシュボードの左側メニューから「Database」を選択し、データベースが正常に起動していることを確認します。
3. pgvector拡張機能の有効化
RAGシステムでベクトル検索を行うためには、PostgreSQLの拡張機能であるpgvectorを有効にする必要があります。これは非常に重要なステップです。
- 手順:
- Supabaseダッシュボードの左側メニューから「Database」を選択します。
- 「Extensions」タブをクリックします。
- 検索バーで「vector」と入力し、「pgvector」を見つけます。
- 「Enable extension」をクリックして有効化します。
- SQLエディタを開き、以下のコマンドを実行してpgvectorが有効になっていることを確認します。
CREATE EXTENSION IF NOT EXISTS vector;
このコマンドは、もしpgvectorが有効になっていなければ有効にし、既に有効であれば何もしません。これでベクトルデータを扱う準備が整いました。
4. APIキー取得とn8nへの設定方法
n8nからSupabaseにアクセスするために必要なAPIキーとURLを取得します。
- 手順:
- Supabaseダッシュボードの左側メニューから「Project Settings」を選択します。
- 「API」タブをクリックします。
- 「Project URL」と「anon public」キー(
eyJ...で始まる文字列)をメモしておきます。これらはn8nからSupabaseにアクセスする際に必要になります。
- n8nでのCredential設定:
- n8nのダッシュボードに移動します。
- 左側のメニューから「Credentials」を選択し、「New Credential」をクリックします。
- 「Supabase API」を選択します。
- 「Project URL」にSupabaseでメモしたProject URLを、「API Key」にanon publicキーを入力します。
- Credential名を分かりやすいもの(例:
My Supabase RAG Credential)に設定し、「Create」をクリックして保存します。
これで、n8nから安全にSupabaseに接続するための準備が整いました。APIキーや認証情報は非常に重要なので、厳重に管理してください。
セクション3: n8nでのRAGシステム構築手順
LangChainノードとVectorStore Supabaseノードの使い方
n8nでRAGシステムを構築する上で核となるのが、LangChainノードとVectorStore Supabaseノードです。これらのノードを組み合わせることで、テキストの埋め込み生成、ベクトルデータベースへの保存、そして検索という一連のRAGプロセスを実現します。
1. LangChainノードの役割と設定方法
LangChainノードは、大規模言語モデル(LLM)との連携や、テキストの埋め込み(Embedding)生成など、LangChainライブラリの機能を利用するためのノードです。RAGシステムでは、主にテキストデータをベクトル化するために使用します。
- LangChainノードの追加:
n8nワークフローキャンバスで「LangChain」と検索し、ノードを追加します。 - 設定項目:
- Operation:
Embed Documentを選択します。これにより、入力されたテキストがベクトルデータに変換されます。 - Model: 使用する埋め込みモデルを選択します。例えば、OpenAIの
text-embedding-ada-002などが一般的です。このモデルを使用するには、OpenAIのAPIキーをn8nのCredentialとして設定しておく必要があります。 - Text: 埋め込みを生成したいテキストデータを指定します。通常は前のノードからの出力(例:
{{ $json.text }})を参照します。
- Operation:
コード例1: テキストの埋め込み生成
このワークフローは、指定されたテキストをLangChainノードでベクトル化する基本的な例です。
{
"nodes": [
{
"parameters": {
"text": "n8nとSupabaseでRAGシステムを構築する方法を学びます。",
"options": {}
},
"name": "Start",
"type": "n8n-nodes-base.start",
"typeVersion": 1,
"position": [240, 300]
},
{
"parameters": {
"operation": "embedDocument",
"model": "text-embedding-ada-002",
"text": "={{ $json.text }}",
"options": {
"credentialId": "your-openai-credential-id"
}
},
"name": "LangChain Embed Document",
"type": "n8n-nodes-langchain.langChain",
"typeVersion": 1,
"position": [480, 300]
}
],
"connections": {
"Start": {
"output": [
[
{ "node": "LangChain Embed Document", "input": "main" }
]
]
}
}
}
解説: Startノードで入力テキストを定義し、LangChain Embed DocumentノードでそのテキストをOpenAIのtext-embedding-ada-002モデルを使ってベクトル化します。credentialIdには、事前に設定したOpenAI APIキーのCredential IDを指定します。
2. VectorStore Supabaseノードの設定と連携方法
VectorStore Supabaseノードは、Supabaseをベクトルデータベースとして利用するためのノードです。生成されたベクトルデータをSupabaseに保存したり、クエリベクトルを使って類似するドキュメントを検索したりする際に使用します。
- VectorStore Supabaseノードの追加:
n8nワークフローキャンバスで「VectorStore Supabase」と検索し、ノードを追加します。 - 設定項目:
- Credential: 前述で設定したSupabase APIのCredentialを選択します。
- Table Name: ベクトルデータを保存するSupabaseのテーブル名を指定します。事前にSupabaseでテーブルを作成しておく必要があります(例:
documents)。 - Operation:
Add Documents: テキストとそれに対応するベクトルをSupabaseに保存します。Similarity Search: クエリベクトルに基づいて類似するドキュメントを検索します。
- Text Column: テキストが保存されているテーブルのカラム名(例:
content)。 - Embedding Column: ベクトルデータが保存されているテーブルのカラム名(例:
embedding)。 - Query:
Similarity Searchの場合、検索に使用するクエリテキストまたはクエリベクトルを指定します。 - K:
Similarity Searchの場合、取得する類似ドキュメントの数。
コード例2: ベクトルデータのSupabaseへの保存
LangChainで生成した埋め込みをSupabaseに保存するワークフローです。
{
"nodes": [
{
"parameters": {
"text": "n8nとSupabaseでRAGシステムを構築する方法を学びます。",
"options": {}
},
"name": "Start",
"type": "n8n-nodes-base.start",
"typeVersion": 1,
"position": [240, 300]
},
{
"parameters": {
"operation": "embedDocument",
"model": "text-embedding-ada-002",
"text": "={{ $json.text }}",
"options": {
"credentialId": "your-openai-credential-id"
}
},
"name": "LangChain Embed Document",
"type": "n8n-nodes-langchain.langChain",
"typeVersion": 1,
"position": [480, 300]
},
{
"parameters": {
"credentialId": "your-supabase-credential-id",
"tableName": "documents",
"operation": "addDocuments",
"textColumn": "content",
"embeddingColumn": "embedding",
"documents": "={{ $json.text }}",
"embeddings": "={{ $json.embedding }}"
},
"name": "VectorStore Supabase Add Documents",
"type": "n8n-nodes-langchain.vectorStoreSupabase",
"typeVersion": 1,
"position": [720, 300]
}
],
"connections": {
"Start": {
"output": [
[
{ "node": "LangChain Embed Document", "input": "main" }
]
]
},
"LangChain Embed Document": {
"output": [
[
{ "node": "VectorStore Supabase Add Documents", "input": "main" }
]
]
}
}
}
解説: LangChain Embed Documentノードの出力(テキストと埋め込みベクトル)をVectorStore Supabase Add Documentsノードに渡し、Supabaseのdocumentsテーブルに保存します。documentsには元のテキスト、embeddingsには生成されたベクトルがマッピングされます。
コード例3: Supabaseからの類似ドキュメント検索
ユーザーからのクエリをベクトル化し、Supabaseから類似するドキュメントを検索するワークフローです。
{
"nodes": [
{
"parameters": {
"text": "RAGシステムについて教えてください。",
"options": {}
},
"name": "Start Query",
"type": "n8n-nodes-base.start",
"typeVersion": 1,
"position": [240, 300]
},
{
"parameters": {
"operation": "embedDocument",
"model": "text-embedding-ada-002",
"text": "={{ $json.text }}",
"options": {
"credentialId": "your-openai-credential-id"
}
},
"name": "LangChain Embed Query",
"type": "n8n-nodes-langchain.langChain",
"typeVersion": 1,
"position": [480, 300]
},
{
"parameters": {
"credentialId": "your-supabase-credential-id",
"tableName": "documents",
"operation": "similaritySearch",
"textColumn": "content",
"embeddingColumn": "embedding",
"query": "={{ $json.embedding }}",
"k": 3
},
"name": "VectorStore Supabase Similarity Search",
"type": "n8n-nodes-langchain.vectorStoreSupabase",
"typeVersion": 1,
"position": [720, 300]
}
],
"connections": {
"Start Query": {
"output": [
[
{ "node": "LangChain Embed Query", "input": "main" }
]
]
},
"LangChain Embed Query": {
"output": [
[
{ "node": "VectorStore Supabase Similarity Search", "input": "main" }
]
]
}
}
}
解説: Start Queryノードで検索クエリを設定し、LangChain Embed Queryノードでそのクエリをベクトル化します。そのベクトルをVectorStore Supabase Similarity Searchノードのqueryとして渡し、Supabaseから最も類似する3つのドキュメント(k: 3)を取得します。
これらのノードを適切に設定することで、RAGシステムの重要な部分である「検索」と「埋め込み」の機能をn8n上で実現できます。特に、credentialIdの指定は、APIキーなどの機密情報を安全に扱う上で非常に重要です。
データのアップロードと検索フローの構築
RAGシステムを機能させるためには、まず検索対象となるデータをSupabaseに格納する必要があります。ここでは、データの準備からアップロード、そして検索フローの構築までを具体的に見ていきましょう。
1. Supabaseにデータをアップロードする方法
Supabaseにデータを格納するには、まずテーブルを作成し、そこにテキストデータとその埋め込みベクトルを保存します。
- テーブルの作成:
SupabaseのSQLエディタで、以下のようなテーブルを作成します。embeddingカラムの型はvector(1536)とします。これはOpenAIのtext-embedding-ada-002モデルが生成するベクトルの次元数です。
CREATE TABLE documents (
id UUID PRIMARY KEY DEFAULT uuid_generate_v4(),
content TEXT,
metadata JSONB,
embedding vector(1536)
);
解説:
id: ドキュメントの一意な識別子。content: ドキュメントのテキスト内容。metadata: ドキュメントに関する追加情報(例: ソースURL、作成日など)をJSON形式で保存。embedding: ドキュメントのベクトル表現。vector(1536)は1536次元のベクトルを格納することを示します。
- データのアップロード(n8n経由):
手動でSQL INSERT文を実行することも可能ですが、n8nを使えば、様々なデータソース(ファイル、Webサイト、APIなど)からデータを取得し、自動的にベクトル化してSupabaseにアップロードするワークフローを構築できます。
例えば、CSVファイルからデータを読み込み、各行のテキストをLangChainノードでベクトル化し、VectorStore Supabaseノードで保存するワークフローを作成できます。この際、Split In Batchesノードを使って、大量のデータを一度に処理するのではなく、チャンクに分割して処理することで、APIのレートリミットやメモリ使用量を管理できます。
2. n8nでの検索クエリの作成手順
ユーザーからの質問や検索クエリをRAGシステムで処理するには、まずそのクエリをベクトル化し、Supabaseに保存されたドキュメントのベクトルと比較する必要があります。
- ワークフローの構成:
- Webhookノード: ユーザーからのクエリを受け取るためのトリガーとして設定します。例えば、Webフォームからの入力や、チャットボットからのメッセージなどを受け取ることができます。
- LangChainノード (Embed Document): 受け取ったクエリテキストをベクトル化します。
OperationはEmbed Document、Modelはデータアップロード時と同じモデル(例:text-embedding-ada-002)を選択します。これにより、クエリとドキュメントのベクトル空間が一致し、正確な類似度計算が可能になります。 - VectorStore Supabaseノード (Similarity Search): ベクトル化されたクエリを使って、Supabaseから類似するドキュメントを検索します。
OperationはSimilarity Searchを選択し、QueryにはLangChainノードで生成されたクエリベクトル(例:{{ $json.embedding }})を指定します。Kで取得するドキュメント数を設定します。
- 実際の画面操作例:
- WebhookノードのURLをコピーし、外部システムからクエリを送信します。
- LangChainノードで、
Textフィールドに{{ $json.body.query }}のようにWebhookで受け取ったクエリを指定します。 - VectorStore Supabaseノードで、
Queryフィールドに{{ $('LangChain Embed Query').item.json.embedding }}のように、LangChainノードの出力からembeddingプロパティを参照します。
3. 検索結果を活用した生成処理の流れ
Supabaseから類似ドキュメントが取得できたら、いよいよLLMを使って回答を生成します。これがRAGシステムの「生成」部分です。
- ワークフローの構成:
- VectorStore Supabaseノード (Similarity Search): 前述の検索ノードの出力として、関連するドキュメントのテキストが取得されます。
- Setノード: 取得したドキュメントのテキストを整形し、LLMに渡しやすい形式にまとめます。例えば、複数のドキュメントを結合して一つのプロンプトに含めるようにします。
// SetノードのExpressionで複数のドキュメントを結合する例
return [
{
json: {
prompt: `以下の情報を参考にして質問に答えてください。\n\n情報:\n${$json.map(item => item.content).join('\n---\n')}\n\n質問: ${$('Webhook').item.json.body.query}`
}
}
];
- ワークフローの構成(続き):
- LangChainノード (Chat): 結合されたドキュメントと元のクエリをプロンプトとしてLLMに渡し、回答を生成させます。
OperationはChatを選択し、ModelにはGPT-3.5やGPT-4などのチャットモデルを指定します。Messagesには、システムプロンプトやユーザープロンプトを設定します。
- LangChainノード (Chat): 結合されたドキュメントと元のクエリをプロンプトとしてLLMに渡し、回答を生成させます。
[
{
"type": "system",
"content": "あなたは親切なAIアシスタントです。提供された情報に基づいて質問に答えてください。情報にない場合は「分かりません」と答えてください。"
},
{
"type": "user",
"content": "={{ $json.prompt }}"
}
]
-
- Respond to Webhookノード: LLMが生成した回答を、元のリクエスト元(Webhook)に返します。
これらの手順を踏むことで、ユーザーからのクエリに対して、Supabaseに格納された専門知識を基にした、より正確で信頼性の高い回答をLLMが生成するRAGシステムが完成します。n8nの視覚的なワークフローエディタを使うことで、これらの複雑なデータフローも直感的に構築できるのが大きな利点です。
セクション4: RAGシステムの内部構成と動作原理の解説
システム全体のアーキテクチャ図解
n8nとSupabaseを組み合わせたRAGシステムは、一見複雑に見えるかもしれませんが、その内部構成とデータフローを理解すれば、全体像がクリアになります。ここでは、システム全体のアーキテクチャを図解的に解説します。
1. n8nとSupabase間のデータフロー
RAGシステムは大きく分けて「データインジェスト(取り込み)」と「クエリ処理(検索と生成)」の二つのフェーズで構成されます。
- データインジェストフェーズ:
- データソース: 企業ドキュメント、Webサイト、データベースなど、RAGシステムで利用したい情報源です。
- n8nワークフロー (データ取り込み): n8nがデータソースから情報を取得します。例えば、
HTTP RequestノードでWebサイトからスクレイピングしたり、Read Fileノードでローカルファイルを読み込んだりします。 - LangChainノード (Embed Document): 取得したテキストデータを、OpenAIなどの埋め込みモデルを使ってベクトルデータに変換します。このベクトルは、テキストの意味的な特徴を数値化したものです。
- VectorStore Supabaseノード (Add Documents): 生成されたベクトルデータと元のテキスト、および関連するメタデータをSupabaseの
documentsテーブルに保存します。Supabaseは、pgvector拡張機能により、このベクトルデータを効率的に格納・検索できます。
- クエリ処理フェーズ:
- ユーザーからのクエリ: ユーザーがRAGシステムに対して質問を投げかけます。
- n8nワークフロー (クエリ処理):
Webhookノードなどでユーザーのクエリを受け取ります。 - LangChainノード (Embed Document): ユーザーのクエリテキストを、データインジェスト時と同じ埋め込みモデルを使ってベクトルデータに変換します。これにより、クエリとドキュメントが同じベクトル空間で比較可能になります。
- VectorStore Supabaseノード (Similarity Search): ベクトル化されたクエリをSupabaseに送り、保存されているドキュメントのベクトルと比較して、意味的に最も類似するドキュメントを検索します。この際、コサイン類似度などの指標が用いられます。
- Setノード (プロンプト整形): 検索によって取得された関連ドキュメントのテキストを、ユーザーの元のクエリと組み合わせて、LLMに渡すためのプロンプトを生成します。このプロンプトは、「以下の情報を参考にして質問に答えてください」といった指示と、取得したドキュメント、そしてユーザーの質問から構成されます。
- LangChainノード (Chat): 整形されたプロンプトをLLM(例: GPT-4)に送信し、回答を生成させます。LLMは提供されたドキュメントの情報を基に、質問に対する回答を生成します。
- Respond to Webhookノード: LLMが生成した回答をユーザーに返します。
LangChainの役割と処理の流れ
LangChainは、LLMアプリケーション開発を効率化するためのフレームワークであり、n8nのLangChainノードを通じてその機能を利用します。RAGシステムにおけるLangChainの主な役割は以下の通りです。
- 埋め込み(Embedding): テキストデータを数値ベクトルに変換するプロセス。これにより、テキストの意味的な類似度を数学的に計算できるようになります。
- プロンプトエンジニアリング: LLMに効果的な指示(プロンプト)を与えるための技術。RAGでは、検索で得られた情報をプロンプトに組み込むことで、LLMの回答精度を高めます。
- LLMとの連携: OpenAIなどのLLMプロバイダーとのAPI連携を抽象化し、簡単に利用できるようにします。
RAGシステムは、このように「検索」と「生成」のサイクルを回すことで、LLMの弱点を補い、より賢く、より信頼性の高いAIアシスタントを実現します。n8nがそのオーケストレーションを担い、Supabaseが知識ベースとして機能する、まさに理想的な組み合わせと言えるでしょう。
よくあるトラブルと対処法
n8nとSupabaseを使ったRAGシステム構築は非常に強力ですが、初めての方にとってはいくつかの課題に直面することもあります。ここでは、私が経験したことや、よくあるトラブルとその対処法について解説します。
- 認証エラーの解決方法
- 問題: n8nからSupabaseやOpenAIに接続する際に「Unauthorized」や「Invalid API Key」といったエラーが発生する。
- 対処法:
- APIキーの確認: SupabaseのProject URLとanon publicキー、OpenAIのAPIキーが正確に入力されているか再確認してください。特に、不要なスペースや改行が含まれていないか注意が必要です。
- Credentialの確認: n8nのCredential設定が正しく行われているか、またワークフロー内のノードでそのCredentialが正しく選択されているかを確認してください。
- 権限の確認: Supabaseの場合、
anonロールにdocumentsテーブルへのSELECT権限が付与されているか確認してください。デフォルトでは読み取り権限がない場合があります。 - 環境変数の確認 (ローカル版n8n): ローカルでn8nをDockerで実行している場合、環境変数(例:
OPENAI_API_KEY)が正しく設定されているか確認してください。
- データ連携がうまくいかない場合のチェックポイント
- 問題: Supabaseにデータが保存されない、または検索結果が期待通りではない。
- 対処法:
- Supabaseテーブルスキーマの確認:
documentsテーブルのcontent、metadata、embeddingカラムの型が正しいか(特にembeddingがvector(1536)になっているか)確認してください。 - pgvector拡張機能の有効化: Supabaseで
pgvector拡張機能が有効になっていることを再確認してください。有効になっていないとベクトル型を扱えません。 - n8nノードの入力/出力: 各ノードの入力データが次のノードの期待する形式と一致しているか、デバッグモードで確認してください。特に、LangChainノードの出力が正しくベクトル化されているか、VectorStore Supabaseノードの
documentsやembeddingsフィールドに正しい値が渡されているかを確認します。 - 埋め込みモデルの一致: データアップロード時と検索クエリのベクトル化時に、同じ埋め込みモデル(例:
text-embedding-ada-002)を使用しているか確認してください。異なるモデルを使用すると、ベクトル空間が異なり、正確な類似度検索ができなくなります。 - ログの確認: n8nの実行ログやSupabaseのログを確認し、エラーメッセージがないか、処理がどこで停止しているかを確認します。
- Supabaseテーブルスキーマの確認:
- パフォーマンス改善のヒント
- 問題: RAGシステムの応答が遅い、または大規模なデータで処理が重くなる。
- 対処法:
- インデックスの利用: Supabaseの
documentsテーブルのembeddingカラムにHNSW(Hierarchical Navigable Small World)などのベクトルインデックスを作成することで、検索速度を大幅に向上させることができます。
- インデックスの利用: Supabaseの
CREATE INDEX ON documents USING hnsw (embedding vector_cosine_ops);
このインデックスは、特に大規模なデータセットで効果を発揮します。
-
- チャンクサイズとバッチ処理: 大量のテキストを一度に埋め込み生成したり、Supabaseに保存したりするのではなく、適切なチャンクサイズに分割し、バッチ処理を行うことで、APIのレートリミットを回避し、メモリ効率を向上させることができます。n8nの
Split In Batchesノードが有効です。 - リージョン選択: Supabaseのプロジェクトリージョンと、n8nが動作するリージョン(クラウド版の場合)を地理的に近い場所に設定することで、ネットワーク遅延を最小限に抑えられます。
- LLMモデルの選択: 生成フェーズで使用するLLMモデルを、応答速度と品質のバランスを考慮して選択します。例えば、高速な応答が必要な場合はGPT-3.5、高品質な回答が必要な場合はGPT-4など、ユースケースに応じて使い分けます。
- チャンクサイズとバッチ処理: 大量のテキストを一度に埋め込み生成したり、Supabaseに保存したりするのではなく、適切なチャンクサイズに分割し、バッチ処理を行うことで、APIのレートリミットを回避し、メモリ効率を向上させることができます。n8nの
これらのトラブルシューティングのヒントが、皆さんのRAGシステム構築の一助となれば幸いです。焦らず、一つずつ確認していくことが解決への近道です。
セクション5: まとめと今後の展望
今回の解説の振り返り
本記事では、n8nとSupabaseを組み合わせたRAGシステムについて、その基礎概念から具体的な構築手順、そして内部構成とトラブルシューティングまで、初心者の方にも分かりやすく解説してきました。RAG(Retrieval-Augmented Generation)が、LLMのハルシネーションや情報鮮度の課題を解決し、より信頼性の高いAIアプリケーションを実現するための強力なアプローチであることをご理解いただけたかと思います。
n8nのノーコード・ローコードの特性と、SupabaseのPostgreSQLベースの堅牢なベクトルデータベース機能(pgvector)の組み合わせは、まさにRAGシステム構築の理想的な選択肢です。特に、LangChainノードとVectorStore Supabaseノードを活用することで、テキストの埋め込み生成からベクトルデータベースへの保存、そして類似ドキュメントの検索、さらにはLLMによる回答生成までの一連のプロセスを、視覚的なワークフローとして直感的に構築できる点が大きな強みです。私自身、この組み合わせの柔軟性と開発効率の高さには驚かされました。
読者の皆さんが本記事を通じて、n8nとSupabaseを用いたRAGシステムの内部構成を理解し、実際に手を動かして同様のシステムを構築・運用できるようになることが、私の最大の目標です。APIキーや認証情報の適切な管理、そしてLangChainノードとVectorStore Supabaseノードの役割を正確に把握することが、システムを安定稼働させる上で非常に重要であることを再認識していただければ幸いです。
読者が次に挑戦すべきステップ
今回のガイドでRAGシステムの基本的な構築方法を習得した皆さんは、次に以下のようなステップに挑戦してみてはいかがでしょうか。
- 多様なデータソースとの連携: 現在はシンプルなテキストデータで試しましたが、PDFファイル、Webサイトのコンテンツ、社内Wikiなど、様々なデータソースから情報を取得し、RAGシステムに組み込むワークフローを構築してみましょう。n8nは多様なコネクタを提供しているので、きっと新たな発見があるはずです。
- メタデータフィルタリングの導入: Supabaseの
metadataカラムを活用し、検索時に特定の条件(例: 「2023年以降のドキュメントのみ」「特定の部署の資料のみ」)でフィルタリングを行う機能を実装してみましょう。これにより、より精度の高い検索が可能になります。 - ユーザーインターフェースの構築: n8nのWebhookと連携する形で、簡単なWebフォームやチャットインターフェースを構築し、より実用的なRAGアプリケーションとして公開してみるのも良い経験になります。StreamlitやNext.jsなど、お好みのフレームワークで試してみてください。
- パフォーマンスチューニングの深化: 大規模なデータセットを扱う場合は、Supabaseのインデックス戦略(HNSWインデックスのパラメータ調整など)や、n8nのワークフローにおけるバッチ処理の最適化など、より高度なパフォーマンスチューニングに挑戦してみましょう。
RAGシステムは、LLMの可能性をさらに広げる非常にエキサイティングな分野です。このガイドが、皆さんのAI開発の旅路における確かな一歩となることを心から願っています。ぜひ、ご自身のアイデアを形にするために、n8nとSupabaseを存分に活用してください!
【参考資料・出典】
- n8n公式ドキュメント:
https://docs.n8n.io/ - Supabase公式ドキュメント:
https://supabase.com/docs - LangChain公式ドキュメント:
https://www.langchain.com/ - pgvector GitHubリポジトリ:
https://github.com/pgvector/pgvector